視線と目線

「目線(めせん)」というのは、写真家やテレビ局の人たちが使う言葉で、本当は「視線」と言うんだよ。
はじめ、「目線」という言葉が流通し始めたころは、そんな扱いだったと思う。
とんねるずの人気絶頂のころだ。

業界ネタ・スタッフいじり・楽屋オチなどビートたけしがオールナイトニッポンで先鞭をつけた手法を、さらにTVに持ち込んだのがとんねるずだった。

目線のほかに、とんねるずがTVで使って一般にも流通するようになった語としては、「目線」のほかに「ツーショット」がある。
「ツーショット」が日本語として定着したのは、ほかにそういう語がなかったからでわかりやすい。「二人でいること・二人で写真をとること」を端的にしめす名詞は、それまでの日本語にはなかった。

「目線」の場合はすこし事情がちがって、そこには「視線」という語があった。だからそれまで視線という語を使っていた人たちには、ことさらに苦い顔をされたのだ。
「目線」というのは、写真家やテレビ局の人たちが使う業界用語で、本当は「視線」と言うんだよ。会計してもらうのに「お愛想」というのが、「まちがい」であるように、「目線」というのは、その一瞬「まちがい」であったことがある。

しかし「まちがい」であった時間は、とても短かった。「目線」は「視線」とは、別の居場所をみつけた。
「立ち場あるいは立場による考えの、違いや傾向」。単純に目をやる方向という意味の「視線」に対して、これまでは「視点」という語がいたところにどっかと腰を下ろしたのだ。

「主婦の視点」、「消費者からの視点」。「立ち場あるいは立場による考えの、違いや傾向」をあらわす語としては、「視点」とか「観点」という語がたしかにあった。

しかし「視点」には、「視線の注がれるところ(デジタル大辞泉)」という、別のしごとがあったことに加え、語のひびきが重かった。かつてNHK『きょうの視点』という番組があったり、「視点、観点、論点」などと並べてみたりすれば、その堅苦しさが歴然とするだろう。
この堅苦しさは「視点」にとって命取りになった。

「目線」は軽かった。
その、TV出身でかつて誤用呼ばわりされた出自と、湯桶読み特有の平易な響きは、若者を中心に圧倒的に受け入れられた。売り出し中の「目線」にはいきおいがあったのだ。
さらに決定的であったのは、造語力で「目線」は名詞をじかに(助詞「の」を介さずに)受けられたことだ。「〜目線」と、一語にまとまったときの「目線」の軽妙さは聞くものに強いインパクトを与えた。放送、出版関係で多用された理由である。「上から目線」などという軽業は「視点」には思いつくこともできなかっただろう。

このようにして「目線」は「視点」のそれまでの「枠(やくわり)」を、一部やすやすとうばいとり現在の地位を気づくことに成功しました。
一部というのは、「『視点と目線』は使い分けのきく類義語であり、「視点」は死語ではない」という意味です。
いま思えば、若いころに「ねるとん紅鯨団」を見て「ツーショット」や「目線」などと、自分自身使い始めたのは、あたらしい言葉の生まれた瞬間に立ち会ったといえる、貴重な体験であった。

 

視線と目線のすみわけ


し‐せん【視線】

目の向き。目で見ている方向。「視線が合う」「視線をそらす」

目の中心と、見ている対象とを結ぶ線。視軸 (しじく) 。

他人を、また、他人が見る目付き。ある気持ちの表れた目付き。「世間の視線が気になる」「気の毒そうな視線」


め‐せん【目線】

《映画・演劇などで用いる語から》視線のこと。「目線が合う」「目線をそらす」

その立場における、ものの考え方やとらえ方。「消費者の目線から情報を発信する」「国民目線」「子供目線」「上から目線(→上から目線)」


出典:デジタル大辞泉

 

【問題】より自然と思われるほうを丸で囲みなさい。

1)彼女は彼と(視線・目線)が合うと、頬を赤らめて目を伏せた。
2)膝下の丈であってもスカートで出勤すると、男性の(視線・目線)を感じませんか。
3)消費者の(視線・目線)で見てみることが大事だ。
4)面接官の目をみつめるときつい印象をあたえてしまいますので、眉間の少し上あたりに(視線・目線)を合わせるといいでしょう。
5)「それそれユキちゃん、いいねー! オッケーオッケー。ポーズと顔の向きそのままで(視線・目線)だけこっちもらえる? うんそうそう」…カシャカシャカシャ…