宝くじは買わない

緊迫した会議室のドアが開くとブリーフ一枚の男が立っている。社員たちと男は顔見知りのようで、上司たちの苦虫を噛み潰したような表情のアップ。さてこれはなんのコマーシャルでしょう?

ソウルの日本語学校の教室での出来事だ。フリートーキングと言われる上級(韓国では高級という)のクラスの授業で、僕は学生たちにある動画を見せた。

「やめなさい、ジェームズ」。男の行為をたしなめる上司に、笑顔で手を振るブリーフ一枚の男。上司は「やめなさい」と繰り返すしかない。男は上司のファーストネームを呼んで笑顔で手を振る。この上司は女性だった

僕は動画を止めると教室にいた皆に向かって聞いた。「なんのコマーシャルとおもう?」前日このコマーシャルを見た僕はこれがなんのコマーシャルかまったく見当もつかなかったので、正解は出ないんじゃないかと思っていた

一人の学生が小さく手を上げながら宝くじですかと聞いた。ほかの学生もうなづいている。どうしてわかったか聞くと学生たちは「そりゃわかりますよ」とうなづきあっている。

そこにいてわからなかったのは女優志望の女子学生と日本語教師生活十五年(当時)の僕だけだった。

宝くじが当たってもしごとをやめない二人。大学路(ソウル市内の地名)で定期的に公演を行なう小劇団に所属する女優志望の韓国人女性と日本国内の日本語学校校長という職を蹴ってソウルへと渡った日本人男性は、一瞬、それはほかの学生が気づかないほど短い時間あったが、視線を合わせてうなづきあった。