JLPTとJPT

1993年だったと思うが、都内の日本語学校の代表が外務省に呼び出されたことがあります。コンサートホールのような立派な会場でした。

登壇した外務省の係りの方は、現行の日本語能力試験の問題点をいくつかあげると、(日本語能力を測る)新試験の創設構想を声高らかに発表しました。

  1. 級別の試験から990点満点の英語の試験を模したものになる
  2. 外国人の大学入試にも利用されることから現行の日本語能力試験にとってかわるものである

発言の中で、強く印象に残ったのは、この2点です。会場がざわめいたようにも記憶しますが、これはあとから僕の心の中で付け足された情報かもしれません。

だから数年後に(日本語能力試験とは別に)留学試験(EJU)がスタートすると聞いたときには、「なんでやねん」と思わず声に出してしまいました。あのとき会場にいた先生がたは皆同じ気持ちだったと思います。

その留学試験が施行される直前に僕は韓国に渡り、JPTという試験に出会います。

韓国ではYBM語学院(旧時事英語社)という語学学校で15年間にわたり、お世話になりました。こちらの学校が主催していた日本語の試験が「JPT」です。この試験は韓国では当時(サムソン・LGなどの有名企業が採用・給与査定に利用するなど)JLPTより信頼されていました。

受験者はすべて同じ試験問題(990点満点)受けるため合格不合格などはありません。この点だけを見ても、日本語能力の判定において、級別(レベル別)の試験よりすぐれていることはあきらかです。

級別の試験では、ボーダーラインぎりぎり(N3で正答率約5割、N2/1で約6割)で合格した受験生も満点をとった受験生もおなじ「N3合格」でしかありません。満点をとった受験生はひとつ上の級を受験しても合格できます。

日本語能力試験(JLPT)の、級(段階)を設定する手法は、学習意欲を維持・向上させるためには極めて有効です。段階別に目標(道しるべ)のようなものを用意して達成感を持たせる、「力試し」的な、いわゆる「到達度試験」ですね。これは包括的な評価には向かないものです。
繰り返しますが、級の設定は力試しとしては優れた手法です。学校やクラスといった集団では、段階別に合格・不合格という明確な結果を目標にすることでクラスダイナミズムのようなものは生まれやすい。

ただし級別のテストでは「熟達度テスト」で行われるような、包括的な評価はできません。

こういったことを十分わかった上での、1993年の新試験構想であったはずです。実現しなかったのは、本当に残念でした。

2011年に「日本語能力試験」が新試験にマイナーチェンジした際には、もっぱら3級と2級の難易度の修整が話題になりましたが、実際には評価に向かない、現行の「日本語能力試験」(到達度テスト)をなんとかして熟達度テスト風に見せる意図があったのは、あきらかです。

日本国内では浸透していなかった「JLPT」という呼称を急にプッシュしはじめ、「級」をやめて、「N1」とか「N2」などという熟達度テスト風の呼称を採用しました。外国人にわかりやすいようにという理由も聞きましたが、CEFRを意識したのはまちがいないでしょう。

新試験構想が頓挫し、現行の試験を活かすかたちでなんとかするしかない状況のなかで知恵を絞った結果ではありますが、これはおためごかしと言われてもしかたない。

その後国際交流基金のスタッフたちは「JLPTN1CEFRでいうと」という物言いをやたらにするようになりました。

かたや韓国では990点満点のJPTが日本語能力の評価基準として重宝された。たとえば日本語の先生なら日本語能力試験1級では物足りない。JPT900点以上を募集の応募条件につけられます。

また日本語能力試験が年に一度の実施であったのに対し、JPTは月に一度実施されていたことも忘れてはなりません。

その韓国のYBM語学院が主催するJPTの問題作成を担っていたのが、我が日本国の「駿台」でした(当時は公開されていた情報です。現在(駿台が)問題作成に関わっているのかいないのか、確認できません)。

その「駿台」が運営する、日本語能力評価試験がこの「JPET」です。

個人的にはJPT試験をそのままYBMと駿台の共同運営にして、日本国内の日本語教育市場に殴り込みをかけてもらいたかった。現在ではYBMJPTも日本国内で受験できるので、同じような試験が二つできちゃってもったいない。一つで「YBM+駿台」のチームだったらすごく強かったのに。

どのような経緯で両社が袂を分かつようになったかわかりませんが、もともとの問題作成者である、駿台さんの「JPET」(名前もJPTに似てますよねえ)にはぜひがんばってほしいです。

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