Kawaii


日本にはニホンザルという固有の猿がいると言っても、なかなか信じてもらえなかった生徒たちに、そのサルが温泉に入るなんていう話を信じてもらうのはむずかしい。それじゃあと、翌日の授業でいっしょに見たyoutube…じゃなくてVHSの映像への反応は意外なものだった。

開講二週目の、この初級クラスはやっとひらがなをおぼえたばかりであいさつもおぼつかない。ぎこちなく日本語で挨拶を交わすクラスの雰囲気がすこしでもなごやかになればと、軽い気持ちで持ち込んだ映像にまず歓声をあげたのは、それまでどちらかというとおとなしい印象を受けていた台湾のトニーだった。ちょっと女性的ではあったけれど、いや、だからこそ彼の「kawaii/カワイー」の発音は完璧だった。みんなの視線がいっせいにビデオからトニーへと移る。トニーは一瞬皆と顔を合わせ、唇をかむと、私のほうを向いた。皆の視線が私へ移り、止まる。私は大きくうなずいた。
それを皮切りに「カワイー」の合唱がおこった。サルが温泉に出入りするたびに「カワイー」の歓声があがる。人前でははじめて言ってみた「カワイー」はと日本女性のそれを音程まで完全にコピーされていた。

それぞれがそれぞれの、日本から遠く離れた、いつかどこかで、だれに聞かせるともなくつぶやいてきた。「カワイー」にはそんな迫力があった。別々の国に生まれ育ち、年齢も性別も異なる、8ヶ国からこのちいさな教室(へや)に集まった。皆、上気した顔をお互いにチラチラと見合わせてはうなずきあっている。教室には彼らだけにわかる連帯感のようなものがたしかに生まれていた。
合言葉は「カワイー」。彼らには「おおきい」や「ちいさい」よりも「kawaii」のほうが基本的な語彙なのだ。その声は「sugoooi」とのハーモニーを奏でながら、徐々に大きくなっていった。