「やりもらい」と「あげもらい」

注目

日本語教師には絵をかく人とかかない人がいて、僕は昔はかく人だったのだけれど、10年前くらいからまったく かかなくなった。

この絵ははいわゆる「やりもらい」と言われる受給表現をあつかうときに描いた絵です。

外国人学習者にとって「あげる」と「もらう」はそうむずかしくないのだけれど、「してあげる」と「してもらう」となると、そういう表現のない母語を持つ学習者にはなかなかピンと来なかったりもする。

「やる」と「あげる」については、「犬にえさをあげる」が許容できるかという議論があったことを(日本語教員でなくても)知るかたも少なくないと思うが、「やる」をつかう機会が年々減るのにともなって、「やりもらい」ではなくて、「あげもらい」という先生が増えた。

敬語由来の「あげ(る)」を避けて、中立的な「やり」で「やりもらい」と呼んだのは日本語教員諸先輩がたの立派な見識だったと思うのだが、残念ながらいまでは「あげもらい」のほうが主流になってしまった。

(乱暴に聞こえる)「やり」より「あげ」のほうが上品だとか非アカデミックな恥ずかしい発想だし、「やり」より「あげ」のほうが学習者にもわかりやすいなんて言う人は、教員間で共有する用語と、教室で教えるときに用いる語との区別もついていないと自分で認めているようなものだ。

なにより僕の場合は「あげもらい」と聞くたびに「もらいゲロ」を連想してしまい、「あげもらい」と呼ぶ気にはどうしてもなれないでいる。

 

ハングルとビー(ビルマ文字)

ビルマ文字もアルファベットもハングルも、いわゆる表音文字であるのに、「どうしてビルマ文字だけこんなにに読みにくいのか」

3つの文字は「音の要素(音素)をパーツにしてそれを組み合わせて一つの音節を構成する」点でも共通している。

「アルファベットとハングル」が読みやすい理由
■アルファベット
すべての要素を一文字(=ひとマス)とし、左から右へ進み、逆流することはない

■ハングル
一音節ひとマスとし、左から右、上から下に進み、逆流しない

「ビルマ文字」が読みにくい理由
■ビルマ文字
基本文字「ビー」は一文字という原則はあるものの、そのほかの要素はひとマスをつかったりつかわなかったり。マスの中でも上下左右につくことができ逆流(周辺の要素が基本文字の左や上に立つ)もする

ちなみにひらがなはすべての要素を含有した一音素に一文字をあてており(拗音と撥音については補足が必要ですね)、「アルファベット・ハングル」よりさらに読みやすい(「読みやすい」というのは優れているという意味ではありません)。