あらない

はじめに「ない」があった

「あり(ある)」と「なし(ない)」は、肯定と否定を表す、日本語の基本概念である。
この「ある・ない」の「ない」を動詞にくっつけて「食べない」とか「飲まない」といったカタチをつくった。そもそもはじめから「ない」は「ない」として存在していたわけだから、なぜ「あらない」でないのかという質問はひどくばかげている。
あらない」とか「なくない」とかは否定形というものだ。「ない」は否定形ではない。「ある」の反対が「あらない」ということになれば、「ない」の反対は「なくない」ということになってしまう。漢字で言えば打ち消しの「不」や「没」じゃなくて「無」に近い、自立した概念であり、「あり」と「なし」という二つの概念は対等に存在する。

だからどうして「あらない」じゃなくて「ない」なのかという質問は、どうして「なくない」じゃなくて「ある」なのかという質問とおなじぐらいばかばかしい。
在を打ち消す不在(います-いません/いる-いない)や有を打ち消す没有(あります-ありません/ある-あらない)ではなく「有と無」のような関係にある。英語であれば「yes-no」に近い。

アリバト ナシバトの画像がなかったので。
f:id:nihongo-books:20110116025708j:image

http://love.mcdonalds.co.jp/unitaku/index?id=1

見ての通り、英語のYes/Noと同じような使い方。
勝負なしとか、問題なしなんて言うし、「なし」は、Noと似てる。no moneyとか、no time、no wayなんていうのもあるし、「yes-no」と「あり-なし」はよく似ている。

■アリません
「ありません」は「あります」の打ち消しです。
当時は「ない+です」というカタチがみとめられていなくて、動詞を打ち消す用法である「―ません」をつかって「ありません」と言うよりなかった。そもそも「―ない」というカタチさえなかったのだ。「いない」なんて言いかたは最近できたものです。
「―ない」という言いかたがはじまると同時にひとは「ない+です」と言いはじめた。「ない+です」から「形容詞+です」までの道はそのとき決定づけられた。

しかし当初この「形容詞+です」は言われなき誹謗中傷を受け、正しい(!)日本語としてみとめられるのにずいぶんと時間がかかってしまいました。
「いかないです」に端を発した「形容詞+です」は、けっして日本語の乱れなんかじゃない。日本語の否定が、究極の肯否をしめす日本語の「ありとなし」の精神にたちかえった結果である。なるべくして、こうなった、より日本語らしい言いかた。それはまるでこうなることがはじめから決められていたかのように整然としている。

いまのところ「―ません」という言いかたが廃れたわけではない。「―ないです」しか使えなくて恥をかくのは話す人の責任で日本語のせいじゃないだろう。

関西では「あらへん」と言うが、これは「あらない」じゃなくて「ありません」に近い。「ありまへん」だから。

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