『みんなの日本語(スリーエーネットワーク)』をはじめとする、多くの日本語の教科書では形容詞(い形容詞)を、こうおしえる。
(おしえる)あつい | です
あつかった |
あつくない |
あつくなかった|
実際には下のような言いかたもできるが、これはおしえない。
(おしえない)あつく| ありません
あつく| ありませんでした
一方、な形容詞(形容動詞)と名詞は、こうだ。
(おしえる)ひま| です
ひま| でした
ひま| じゃありません
ひま| じゃありませんでした
こちらも下のような言いかたもできるが、こちらはおしえない。
(おしえない)ひまじゃない | です
ひまじゃなかった |
どうしてこうなっているのか。これにはきちんとした理由があります。
日本語には「ます」と「です」という二種類の文末表現があります。
「です」は「ます」から生まれました。「であります」が短くつまったものが「です」です。
この「です」というのは、はじめは活用しました。「です・でした・ではありません・ではありませんでした」という、肯否と時の前後において対応する、四つで一組のセットだったんですね。
それがこちらです。
ひま| です
ひま| でした
ひま| じゃありません
ひま| じゃありませんでした
ところがやがてこの「です」は活用しなくなる。
これが、いわゆる「形容詞+です」という現象です。こちらですね。
グループのリーダーである「です」がソロ活動をはじめたような恰好です。
あつい | です
あつかった |
あつくない |
あつくなかった|
一見同じように見える、二つの「です」は、実はまったくの別物で、この二つはここ数年間、自らの存在をかけてせめぎ合ってきた。
で、これをなんとかどちらかの「です」で統一しようとすると、これがまだうまくいかない。まずは活用する、古い「です」からどうぞ。
古い「です」(活用する)
こちらですべてを揃えようとすると、形容詞の「◎あついでした」が成立しない。
な形容詞(形容動詞)と名詞のほうは四つきれいに揃う。
形容詞
◎ 「あついでした」がまだムリ |
名詞・な形容詞
◯ 四つきれいにそろっている |
||
◯ あつい | です | ◯ ひま | です |
◎ あつい | でした | ◯ ひま | でした |
◯ あつく | ありません | ◯ ひま | じゃありません |
◯ あつく | ありませんでした | ◯ ひま | じゃありませんでした |
- 古い「です」の正体は「であります」です
- 「であります・でありました・ではありません・ではありませんでした」の、四つで一組
次に活用しない、新しい「です」はどうでしょう。
新しい「です」(活用しない)
こちらは反対で形容詞はきれいに四つ揃うのだが、名詞(な形容詞)のほうは「◎ひまだったです」がまだちょっと厳しい。
形容詞
◯ 四つきれいにそろっている |
名詞・な形容詞
◎ 「ひまだったです」がまだムリ |
||
◯ あつい | です | ◯ ひま | です |
◯ あつかった | ◎ ひまだった | ||
◯ あつくない | ◯ ひまじゃない | ||
◯ あつくなかった | ◯ ひまじゃなかった |
学習者にわかりやすいように「まだムリ」なところを避け、それぞれ四つきれいにそろってるほうだけをおしえることにしたのです。
『みんなの日本語』には、その前身である、『新にほんごのきそ』・『日本語の基礎』という教科書がありますが、形容詞は『日本語の基礎』のときからこうでした。
日本語ではここ数十年間「古い『です』」から「新しい『です』」への大変換が行なわれていて、いまは両者が混在する、過渡期にあります。
いまでこそ「形容詞+です」や「じゃないです」という言いかたは一般的になりましたが、『日本語の基礎』の発刊当時はそうじゃなかった。それを積極的に受け入れるのは、とても勇気のいることで、なかなかできることではありません。
「ません」より「ない」のほうがきつい印象をあたえるとか、どちらが規範的であるかとか、そういうことをおっしゃる人もいますが、これは決してそのような、感情的な理由によるものではありません。
『にほんごのきそ(スリーエー出版)』をつくった先生がたは、非常に高い見識を持っていたのはもちろん、我々よりずっと革新的で若かった。