なんですか

まったく言葉の通じないところへ言語学者だとか、民俗学者が行くと、スケッチブックをひろげて絵を描いてみせるそうだ。
なるべく子供たちが多いところがいい。目立つところにおもむろに腰かけ、スケッチブックをひらく。
見慣れぬ外国人の登場に子供たちは警戒しながらも、こちらの様子が気になってしかたない。はじめはちらちらとうかがうだけだったのが、徐々に遠巻きに集まり始める。学者はそんな子供たちに気づきながらも、黙々と手を動かし続ける。やがて子供たちは好奇心に勝てず一歩一歩近づいてくる。
学者は、子供たちが十分に(手もとを覗き込めるぐらいに)近づいたのを確かめると、手を止めて顔を上げる。そして子供たちによく見えるようにスケッチブックをひざの上にぱたんと倒す。
そこに描かれているのは、意味不明の図形だ。それが図形である必要もない。意味不明であればそれでいいのだ。それを見た子供たちは訝しげに顔を見合わる。これはいったいなんだ。動物じゃないよな、足もないし。はじめは口々に勝手なことを言っていた子供たちが、そのうち学者に向かって声をそろえて言い始めると言う。

「なんだこれ」「なんだなんだ」「なに、なに」、「なに?」、「なにこれ?」。「ねえおじさん、これなに?」

「nani」。

学者は、立ち上がり尻をはらう。そしていままで寄りかかっていた木を指差すと、たったいま おぼえたばかりのコトバで子供たちにたずねるのだ。

―なに・・・な・に?
―木、木、木! それは木だよ おじさん。

ゆっくりと歩き出した学者にぞろぞろと着いて歩く子供たち。学者は手近なものから次々に指差しては、にたずねていく。
子供たちは我先に叫ぶ。あたらしい遊びをみつけたかのように。
「家、家!」。「水」。「石!」。
学者が頭上を指差してまぶしそうに見上げれば、子供たちもまぶしそうに見上げて叫ぶ、「空、そらー!」。
「ちがうよ。雲だよ、雲。ね、おじさん」
「おひさま! おひさま!」
「ちがうよおじさんあれは鳥」
「おじさん、どれのこと?」

あとは同じことをくりかえすだけだ。学者は現地のことばを次々とメモしていく。
「顔?」「顔じゃない。目だ! 目、目、目!」。「鼻!」、「くち?」、「うん。くち、くち」。
学者の指さすほうへいっせいに目をやる子供たち。くりかえすうちに息もあってくる。
「?」 「!」。 「?」 「?」、 「!」。 ……「!」、「!!」。

さながら指揮者と合唱団。
頭上につぎつぎとあらわれる無色の音符は、ひとつずつ色がつけられ、順番に消えていく。

この風景が鮮明に映るのは、私が日本語を教えたことがあるからだ。
声をそろえていっせいに応える子供たちの顔が、日本語学習者の顔に重なる。
ユニゾンのコーラスが響く初級の教室にはいつも、いくつもの疑問符が ぽかんぽかんと風船のように浮かんでいて、ふわふわとつたわるのを待っている。