行きません 対 行かないです

1.「ます」の、二つのはたらき

「ます」は ふたつのはたらきを担っている。

    1. 毎朝コーヒーをのみます
    2. これからともだちとコーヒーをのみます

A. は、これは属性というか習慣のようなもので、ただ「飲む」という行為がわかればいいだけ。動詞の他の要素はない。英語や中国語ならなら、これは原形がやる仕事だ。

B. は、これから飲むということで、時という動詞外の情報(要素)が入っている。未来、まだ起きていないことを述べるため、そこには判断とかなにか意志(決心・決意・決断とか判断)のようなものが含まれている。

このように「ます」には、ふたつのはたらきがある。 これは否定でもおなじだ。

    1. 私はお酒をのみません
    2. もうお酒はのみません

a. の「のみません」は属性とか習慣。
b. はそうじゃない。今後はもう飲むまいという決意を表している。

 

2.「-ません」より「-ないです」のほうがいいとき

だから「お酒を飲まないという、自分の属性」を説明するなら動詞で「のみません」ってやるよりも、形容詞風に「のまないです」ってやったほうがハマるっていうのはあるかもしれない。

「知らないです」とか「わからないです」とか「持っていないです」、「できないです」なんていうの、こういうのは言ってることが形容詞っぽいから「-ません」より「-ないです」のほうがしっくりくる。

 

3.「ます」のシゴト

それじゃ「ます」はどんなとき効いてくるかというと……

先輩:あんたねえ…。そうやって、なんだかんだそうやって理由つけて
連絡とってたら、ずっとずるずるいくわよ
後輩:……
先輩:わかれたんでしょ? ちがうの?
後輩:わかれ…、ました。
先輩:だったらもう電話しちゃだめっ! いいわね。
後輩:でもあっちからメール来ると返信したほうがいいかなとか…。
先輩:がーーーーー、だめだめだめ。あのねえ…。
後輩:あ、ハイっ! わかりました。
もう二度と連絡(しません・しないです

 こういうの。こういうときは「-ません」の出番だ。「-ないです」じゃ、しっくり来ない。

「歌わないです」じゃだめな例 。「ます(ません)」がよく効いている。句点が打ってあるのもミソだろう

「歌わないです」じゃだめな例 。 「ます(ません)」がよく効いている。 句点が打ってあるのもミソだろう

    • もうタバコはすいません
    • もうお酒はのみません
    • もう遅刻しません
    • もうやすみません
    • うそはつきません
    • 誰にも話しません
    • やっぱり会社、やめません

決意とか決断、約束とか、反省なんかの、意志というか、そういうとき。これが「-ます」の本業です。

「カバン、持ちますよ」とか「手伝いますよ」など自分の意志を示すのが、「ます」の得意技で、こっから「-ましょう/-ませんか」なんていう言いかたが派生してくるんですね。

「先パイも行きません?」
「行きましょうよぉ」

「もうちょっと飲みません?」
「いいじゃないスか。のみましょうよぉ」

こんな誘いかけを「-ないですか?」ってやっちゃうと、とたんに「誘いかけ」が弱まって、「問いかけ」っぽくなってしまう。

「先パイも行かないですか?」
「もうちょっと飲まないですか?」

ところがこの「いかないですか」から「です」をとって、「いかない?」とやれば、誘いかけの機能が復活する。「です」には意志を消して客観性をもたせるチカラがあるから、その「です」をはずすと意思を問う機能が復活するというわけだ。

 

4.「-ません」と「-ないです」

このように「いきません」と「いかないです」は、べつべつの機能(やくわり)を持つ二通りの表現だ。伝えたいことによって使いわけなければならない。

5.「-ないです」を教えない理由

初級で、おんなじこと言うのにいくつかの言いかたがあったら、まずはどっちか一つを定着させる。そのとき、より「使える」ほうを優先するのは当然です。
文法的な面から見ても「-ません(否定)」は「たべます(肯定)」と対をなすのに対し、「-ないです(否定)」の相棒「たべるです(肯定)」はつかえない。
 対応する、肯否のカタチを持つ「-ます:-ません」のほうがここでも優先される。

日本語の教科書が「-ないです」を載せないのも、「日本語の乱れ」などという道徳的観点からではない。その証拠に形容詞過去では、早々(『日本語の基礎(スリーエーネットワーク)』から)に「-ないです」を採用している
「-ません」のほうが「-ないです」より規範的であるとか、どちらが “正しい” とか、そういう問題ではない。モラルに論理がないのは、日本語でも同じだ。

で、いままでは「-ません」だけでよかったのだけれど、これだけ「-ないです」つかう人が多いと無視できなくなってきた。初級でも理解表現としてはやっとかないと、実際の日本語が聞きとれないという事態になっている。
ただ教科書で採用されない、教室で使用表現として教えない、のは、まだ“早い”という判断をしているからだろう。
ある年代以上のひとたちが感じる「-ないです」への違和感は、学習者にとってはリスクといえるわけで、使用表現として教えるにはまだちょっと早い。違和感を感じる人たちが一線から退いて、世代が入れかわるまで待ったほうがいい。そういう判断だ。
ということは、いま(2010年)に日本語を教える人は、世代に関わらず「-ません」がちゃんと使えなきゃならない。
日本人の中にも、「-ません」と「-ないです」の語感がつかめていない(言い分けのできない)人はいて、ときどきまちがえる。これはいまの日本語がそういう段階にあるわけだから、現象としては自然なことだ。

 

おまけ:「たべるです」
「です」vs「ます」の現在の戦況【たべません vs たべないです】
ます です
たべます たべるです×
たべました たべたです×
たべません たべないです
たべませんでした たべなかったです

「たべたです」はずいぶん前からつかわれはじめていて、じわじわと浸透しつつある。そして将来は「たべるです」も認められるんじゃないかとおもう。

佐藤秀峰onWeb『ブラックジャックによろしく』第11巻

昔はこういうときも「わかりません」と言った。
これは「ます」から「です」へ移行したというよりも、「わからないです」という新しい言いかたが生まれたという言ったほうが正確である。感情を込めてやや自棄気味に左右にかぶりを振りつつ「(私には)わかりません!」とやる場合には「(わからない)です」の客観性は余計だろう。

 


参考LINK
NHK放送文化研究所 最近気になる放送用語
「行きません」? 「行かないです」?

…その後、「名詞だろうが動詞・形容詞だろうがぜんぶデスで済ましてしまおう」という動きがでてきました。そのあらわれの1つが、ご質問の「行かないデス」です。…(続く)


この「ぜんぶデスですませてしまおうという動き」が 「形容詞+です」や「動詞+ないです」という現象を引き起こしている原因です。 そんなに遠くない将来、たぶん50年以内に日本語は「ぜんぶデスですませてしま」うようになります。

 

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