水(を・が)飲みたい

ざっくり言うと

    • 「水(を・が)飲みたい」の文では、(を・が)の どちらもつかえる
    • どちらもつかえるのは、その構造に起因するもので、「を」と「が」のあいだに意味のちがいはない。結果的にそれぞれが異なるニュアンスを持つとしても、その意味のちがいや使用場面によって「を」と「が」をつかいわけるわけではない
    • 「水、飲みたい」という発話においては、助詞を省略しているわけではなく、助詞をつかっていないことが多い。だから「を」か「が」かという議論は意味がない(サイト内関連記事リンク▶︎ 助詞をつかわないこと
    • 「が」のほうが自然に聞こえるのに、「を」で教えるのは なぜか

 

※ (念のため)この記事で扱う「が」は、いわゆる対象を示す「が」(対象格)と呼ばれるもので、一般に主格の「が」と別に扱われるものです。

 

2013-06-06 15.03.11
スリーエーネットワークの『みんなの日本語 初級 Ⅰ 第2版 本冊』
括弧つきで「が」を併記しているのは『しんにほんごのきそ』から変わらない


1.どちらもつかえる理由

日本語では、目的語(対象格)をしめすのに 動詞は「を」・ 形容詞は「が」をつかう。


    • 水 を 飲む(動詞)
    • 水 が ほしい(形容詞)

動詞と形容詞のあいだには「好き」とか「飲める」などという、動詞なんだか形容詞なんだかわからない中間的な存在があって、(を・が)のどちらもつかえたりする。
「飲みたい」もそのひとつだ。このカタチは「飲み(動詞)」と「たい(形容詞)」とが合わさってできたカタチなので、どちらもつかえるのは、ごく自然のことでとてもわかりやすい。(サイト内関連記事リンク をとが


飲みたい=飲み(動詞)+たい(形容詞)

    • (水を飲み)+たい・・(水を飲む)という行為を「したい」と言う
    • 水が+(飲みたい)・・(飲みたい)を一語の形容詞としてあつかう

「飲み(動詞)」の目的語なら「水を」、「たい(形容詞)」の目的語なら「水が」というわけで、「(を・が)のどちらもつかえる」というより、これらは別の、二種類の文であると言ったほうがよい。
それではこの構造上のちがいはそのまま二つの文の意味のちがいに投影されているだろうか。

 

2.(を・が)の、意味の違いー動詞(を)と形容詞(が)のあいだ

助詞をつかわないこと
自分の気持ちを他人に伝えるために丁寧に言う「水が飲みたいです」とは別に、ひとりごとや感情の発露として、「水 飲みたい」のような助詞をつかわない言い方がよくされる。これは助詞が省略されているわけではなく、英語や中国語のように語順を利用した表現だ。ためしに「水、飲みたい」と言った人に「あなたは水を飲みたいのか、水が飲みたいのか」訊いてみると答えられないのでそれとわかる。

(サイト内関連記事リンク▶︎ 助詞をつかわないこと

動詞(を)と形容詞(が)のあいだ
「を」と「が」にはっきりとした意味のちがいがあればどちらかを言わずにはすまないはずで、発話者が(を・が)どちらかを選べないということにもならないだろう。意味や機能によって使い分けないのであれば「水を」と「水が」の違いを論じても意味がない。
「飲みたい」は動詞と形容詞のあいだにいる。
動詞と形容詞のあいだにははっきりと線がひかれているわけではない。動詞と形容詞はどちらも述部を構成するなかまで、ひとくくりに用言と呼ぶこともある。

 

3.「が」のほうが自然

意味の違いがないのであれば、どちらをつかってもいいはずだが、自然に聞こえるのはどちらか。
助詞がつきやすい、疑問詞をつかった文でくらべてみる。


 助詞なし

A:なに 食べたい?
B:かに 食べたい!


 「が」形容詞文

A:なにが 食べたい?
B:かにが 食べたい!


「を」動詞文

A:なにを 食べたい?
B:かにを 食べたい!


「が」のほうが自然に感じるのは「食べたい」が一語の形容詞としてあつかわれるからだ。「食べたい」のを前提に「(食べたいのは)なにか」ときいている。

    • (カニを 食べ)たい
    •  カニが (食べたい)

このように使用頻度の高い疑問文で「が」のほうが自然であることから、「が」が優位であるような印象が持たれやすい。

 

4.それでも「を」でおしえる(日本語教育の場合)

「が」のほうが自然なら「が」でおしえればよさそうなものだが、そうはいかなかった。「が」がつかえないものがあるからだ。

☆「を」しか つかえないもの=動詞と対象との結びつきがつよいもの
たとえば「お金を借りる」という行為は既に「借金」という語があるように、ひとつの概念として、ひろく一般に認識されている。それを無理に「が」で分かつから違和感が生じるのだ。
本を読むという語も「読書」という語があるが、これは新聞、雑誌、漫画、論文など選択肢があることや「読みたい」という語の(一つの概念としての)完成度の高さを理由に「が」でも違和感を感じることはない)

    • お金が貯めたい(貯金)
    • お金が借りたい(借金)
    • 外国語が身につけたい(外国語修得)
    • 次の機会が待ちたい(期待)
    • 会社がやめたい(退職)
    • 姿が消したい(失踪)
    • 態度が改めたい(反省)
    • 値段が上げたい(値上げ)
    • 母が手伝いたい(お手伝い)
    • 努力が認めたい(評価)
    • 罪がつぐないたい(贖罪)
    • 約束が守りたい(正義)
    • 性格が変えたい(変身)
    • 発音がなおしたい(発音矯正)
    • うちが建てたい(マイホーム)
    • ねぎが入れたい(薬味)
    • 鼻が高くしたい(美容整形)

「ーたいです」を「を」で おしえる 二つの理由

  • (「が」のほうが自然だから)本当は「が」で教えたいのだけれども、文によっては「を」しかつかえないものがあるので、「を」で教えるしかない
  • 「が」でおしえると あとで「-たい+がる」が出てきたときに「を」にもどさなければならず、学習者への負担が大きくなる

LINK
NHK放送文化研究所 最近気になる放送用語 水が飲みたい? 水を飲みたい?
— メディア研究部・放送用語 塩田雄大

本文より部分引用

…2つの文だけを比べた場合には「水が飲みたい」のほうが一般的だと言うことができますが、では「~(し)たい」という場合には必ず「が」が付くかというとそうではなく、むしろ「を」のほうが多いので注意が必要です

 

「にほんごの本」はレダン日本語教室(ヤンゴン)が運営しています

error: 引用するときは引用元を明記してください。 レダン日本語教室