学生のころ僕はバーではたらいていた。
酒場でテーブルよりもカウンター席をえらぶ客は思ったより多い。
年上のバーテンダーは僕に、「ウイスキーはカウンターのほうがうまいんだよ」と言った。
街中でほどよく酔うとタクシーをひろって漢江で飲むというコースがソウルには、かつてあった。
僕がソウルへ来たのは2000年のことで、はじめてつとめた日本語学校は漢江の近くにあった。
僕らは漢江へ行くと、川に向かい一列に横に並んで座った 酒場で大人がそうするように。
あのころ漢江の川原にはキオスクのような売店がいくつもあった。
店は川を背にぽつんぽつんと等間隔で建っていて、お酒やおつまみを売っている。
そこでなにか買うとゴザを貸してくれるので、お店の近くに広げて腰を下ろす。
お店の周りにはゴザをひろげたお客さんたちが何組もいた。
漢江まで、ソウル市内からであれば、どこからでもそう時間はかからない。
夜更けまで街中で飲んで酔ったいきおいでタクシーをひろい、窓をあけて歓声を上げて橋を渡る。
川原に降り立つと暗闇でお互いの顔も見えない。紙コップの焼酎で乾杯してもいい音はしなかったので、誰かが口でカツンと言った。
僕らは漢江のほうを向いて ゴザの端に一列にならんでこしをおろした。それはバーのカウンターみたいだった。
川の向こうからこちらへ、水を吸った空気がゆっくりと寄せてくる。息を吸い込むと鼻の奥のほうでつんと水のにおいがした。
しばらく誰も話さなかった。ゴクゴクと、ただ、バカみたいに、僕らは紙コップの焼酎をあおった。
それから川にむかって、ひとりずつ順番にいろいろな話をした。